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[CHAOSMOS+Ruby+Jun]感想  

宮田徹也/日本近代美術思想史

 

         
     

このときの展示風景はこちら

 
         
 

 2004年10月24日、冨岡雅寛カオスモス展’04[CHAOSMOS Zone](10/1〜10/30)のスペシャルイヴェントの最後、展示会場である東京都港区麻布十番のMedia Bar infocuriousにおいて、[CHAOSMOS+Ruby+Jun]が行なわれました。

 出演者のプロフィールについては、それぞれのHPを御参照下さい。別所るみ子(http://www.lares.dti.ne.jp/~ruby/)。原田淳(http://www5d.biglobe.ne.jp/~mfr/)。
別所氏、原田氏は、別々にカオスモスマシンとかかわってきました。
別所氏…2001年8月4日/新橋・マキイマサルファインアーツ/別所るみ子(Dance Performance)+沖至(Sound Performance)+ 和田光孝(Sound Performance)+ 倉嶋正彦(Video Shoot)+飯村昭彦(Photo)/冨岡雅寛カオスモス展 '01/second「CHAOSMOS WAVE MACHINE PARTY」(2001年7月30日〜8月1日)
原田氏…2004年10月2日/麻布十番・Bar infocurious/CHAOSMOS LIVE Vol.3/ 原田 淳(Sound & Operation Performance)+米本 実(Live Electronics Performance)+倉嶋 正彦(Live Video Shooting & Projection)/冨岡雅寛カオスモス展’04[CHAOSMOS Zone](2004年10月1日〜10月30日)
2003年6月29日/日本橋・SPC GALLERY/CHAOSMOS LIVE Vol.2/ 原田 淳(Sound & Operation Performance)+米本 実(Live Electronics Performance)+倉嶋 正彦(Live Video Shooting & Projection)/冨岡雅寛カオスモス展'03/first「CHAOSMOS Heterogeneous Reaction.2」/(2003年6月29日〜7月12日)
2002年11月30日/横浜・gallery CRADLE/CHAOSMOS LIVE Vol.1/原田 淳(Sound & Operation Performance)+米本 実(Live Electronics Performance)+倉嶋 正彦(Live Video Shooting & Projection)/冨岡雅寛カオスモス展'02/third「CHAOSMOS Heterogeneous Reaction」(2002年11月29日〜12月12日)

 そして別所氏と原田氏は昨年12月に、共演しています。
2003年12月22日/青山・共存/J-ASEAN POPs「TOKYO-ASEAN JAM'03」[CHAOSMOS WAVE MACHINE PARTY vol.2 Surfing]/別所るみ子(Dance Performance)+ 原田淳(Drum)+倉嶋正彦(LIVE Video Shooting & Projection)+ 飯村昭彦(Photo)

 二人はカオスモス関係以外にも、一度共演しています。
2004年9月22日/渋谷・公園通りクラシックス/cool Exposions/別所るみ子(Dance)+原田淳(Drums)+河合拓始(Piano)+Mayuchi(VJ)

 即ち、別所氏と原田氏は過去2回、今回が3回目の共演になるわけです。
 この度のライブに使用されたカオスモスマシンを記します。

・ Chaosmos Ripples Machine(2003)〈以下、CRM。〉
・ Chaosmos Acoustics Wave Machine(2001)〈以下、CAM。〉
・ Chaosmos Tornado Machine(1996)〈以下、CTM。〉
・ 振り子の新作〈以下、振り子。〉
・ 冨岡氏と原田氏による、非=カオスモスマシンの新作〈以下、Drop of Water made Shade with Sound=DWS。〉

会場を入ると、正面の位置に、CHAOSMOS LIVE Vol.3の時には紙によるスクリーンが貼ってありましたが、今回は剥されていて、infocuriousの剥き出しの灰色のコンクリートが顕わになっていました。その一面に、DWSが作り出す陰が映し出されています。正面向かって左奥に、ガラガラ、プサルテリウム、タブラ、ロート・スポーク、ガムラン・ゴング、バウンベックといった原田氏のパーカッションが所狭しと並べてあります。これらのパーカッションは、造形的にも見ていて楽しいものです。椅子はありません。原田氏は立って演奏する予定なのでしょう。左手前には、CTMが机の上に配置されていました。右奥にはCRMが置かれ、影を造り出しています。中央左右に大きな銀色のボールが釣り下がっています。これが振り子です。実は銀色のボールだと理解できるのは、ライブが始まってから暫く経ってからのことで、この段階ではボールに半透明のシルクの様な、白く長い布が掛かっていました。それはまるで蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた有機物か、はたまた中沢新一が言う胎生学的な「胞衣」をもイメージとして沸き起こってきます。胞衣とは、羊水の中の胎児を守る、子宮の中にある身体の器官です。今回は前回2回と違って、ステージとして作り上げている観がありました。ソファが左右2台ずつ置かれ、テーブルも規則正しく並んでいます。そのテーブルの中央に、DWSが設置されていました。天井に配置されているのは点滴用の器具でしょうか、水滴が不規則にぽたぽたと落ちてきます。その水滴は、円いガラスに黒く縁取られている果物皿のような、水が張られた装置の上に落ちます。装置の下には、銀色の、タライの様な、タライより上品な大きな受け皿が用意されていました。視覚的要素だけではなく、水が溢れることを受け止める機能性も果たしていると思います。装置には正面に向かって照明が当てられ、水滴が落ちる度に、そこに発生する陰を剥き出しのコンクリートに映し出します。マイクも取り付けられていて、その音が煩くもなく、聞こえないわけでもなく、会場に響き渡ります。マイクから出る音にはエフェクターが掛けられています。ディレイ効果のような残響音が、会場に響き渡ります。

新作について記します。会場、カオスモスシリーズのHPには、新作についての記述が見つかりませんでした。今回のライブの告知、別所氏のHPでは「カオスモスマシン―共振振り子とダンスパフォーマンス」(http://www.lares.dti.ne.jp/~ruby/)、原田氏のHPでも「Dancer別所るみ子が、CHAOSMOS作品(新作:共振振り子)と対峙。」(http://www5d.biglobe.ne.jp/~mfr/)とあるので、原理が「共振振り子系カオスモスマシン」であることは確実です。振り子といえば、時計の振り子、振子鋸、長い紐の両端に重石をつけてカチカチ鳴らす、子供の時に遊んだおもちゃを思い浮かべます。カオスモスシリーズHPの「カオスモスマシン紹介」の項、「キーワード別」の欄に、「振り子」がありました。しかしここに挙げられている「振り子」よりも、今回の振り子の方が、本当に「振り子」そのもののような印象を受けます。今までのカオスモスマシンの中では、Chaosmos Magnetic Acoustics Machine(2001)の、天井から吊り下げている球が大きくなって、黒がシルバーになって2つある印象です。以前、このマシンを倉島正彦氏が下、つまり床すれすれから小型カメラによって捕らえ、会場のスクリーンに大きく投影した展示がありました。2003年6月29日から7月12日まで日本橋・SPC GALLERYにおいて開催された、冨岡雅寛カオスモス展'03/first「CHAOSMOS Heterogeneous Reaction2」です。それが実物になった感覚を受けました。

もう一つの新作、DWSも同じように、キャプションはありませんでした。この装置は人が関らず水滴が落ちるので、非=カオスモスマシンです。以下、冨岡氏に伺ったことを記します。「原田氏から水が滴る音を使いたいという提案がありました。水が張ってある受け皿は、本来は、新作の振り子のマシンのパーツでした。2つの共振振り子の下に設置して、振り子のゆれにより、水に不均一な波を起こし、その影をライトにより壁に投影するプランでしたが、床に設置するのは今回のパフォーマンスには不向きだと判断して、振り子の代わりに原田さんの音響装置の水滴の力を借りて波を起こす事にし、その作り出す影を壁面に投影することにしました。」つまり、ライブの会場で生み出された装置といえます。

この装置は、高橋洋子氏の「Water Garden」シリーズとか、ヒグマ春夫氏の「Water moon1999-2004」とかに、類似を見ることも可能でしょう。しかし、高橋氏の作品は、影を主体とするところは共通項がありますが、「音」はしません。ヒグマ氏の作品は、音はしますが、「影」が主体となっていません。影が主体となっていると解釈することができても、そこにあるのは「影」であって、「陰」ではありません。

Drop of Water made Shade with Soundとは、宮田が勝手につけた名称です。「Drop of Water」は「水滴」そのままですが、「Shade」は考えました。Shadowの「影」、Reflectionの「映像」、Reflection ~ inの「鏡、水などに映った影」などがあるのですが、Shadeが持つ意味、「陰」の方が相応しいのではないかと解釈しました。その理由をライブの報告と共に考えてみます。

会場の点灯は全て落とされ、全くの闇が訪れました。DWSとCRMを照らすライトのみの照明です。原田氏と別所氏は、同時にステージに登場しました。二人が共演した、2003年12月22日に青山・共存で行なわれた[CHAOSMOS WAVE MACHINE PARTY vol.2 Surfing](以下Surfing)の際には、原田氏のドラムに導かれるように、別所氏は客席の後ろからダンスを始めました。今回はその烈しいスタートに対して、原田氏のカウベルから静寂なスタートを切りました。

黒い衣裳を着て、髪を下ろした別所氏は、間隔の開いたカウベル音と水滴が落ちる音に対して、ゆっくりと動き出します。寝そべって床を這ったり、立ち上がって足を上げたりする動作は、いつもの別所氏の定型でもあるのですが、この日はその動作がいつもより慎重であり、重さを伴っていました。その重さとは、身体の表現としての、「身体」の重さでもなく、原田氏の音の重さでもなく、DWSを始め、カオスモスマシンが作り出すこの日の特別な空間の重さに答えていたように感じられます。原田氏は開演前に、自分は黒子だから、顔写真が写らない暗さでよいと御話しされました。別所氏も黒子に徹したといっても過言ではないでしょう。別所氏は振子に掛かっている「胞衣」を取り除くのに、5分以上の時間を費やしました。白い「胞衣」と黒い衣裳の別所氏のコントラストがとても美しかったです。別所氏が白い衣裳を選んできたのならば、このような視覚要素は生まれなかったと思います。始まって10分は場の空気を作り、「胞衣」を解くのに5分かけ、その後も5分程は慎重な身体創造、ダンスを行ないました。原田氏は決して微弱な音を発してはいないのですが、音数は相当に少なかった為に、とてもシンプルな演奏である印象を受けました。様々なパーカッションの使用によって、音を分散させていたこともその様に感じる要因の一つに違いありません。様々なパーカッションは、様々な音色、「色」を生み出します。かといってその「色」が、黒い「影」のスクリーンに、「色とりどりを添える」意味を持つのではありませんでした。カオスモスマシンが作り上げるのはモノトーンとかカラーとかいった「色」ではなく、「現象」なのです。ですから黒=影、色=様々な音という定義にこだわると、原田氏の演奏の意義を見失うことになります。原田氏の「音色」は、カオスモスマシンと別所氏が生み出す「現象」の細部を表わしていると解釈したいのです。また、原田氏が生み出す音の基準は、DWSが起こす水滴の音の間隔だと思いました。しかもここには所謂音楽用語での「休符」は存在せず、音は余韻としても次々につながって行きます。静謐な時間が流れていきます。

開始して20分程経った時、原田氏は、中位の大きさの銅鑼をゴムボールで擦りました。これが転機となり、会場の空気を変えます。別所氏は振子に手をかけます。自らも回転します。原田氏はコンガのようなパーカッションを両足に挟み、両手で叩きます。それでも始めから形成されていた「静謐さ」が壊れることはありませんでした。今までの靜寂を破り、「烈しく」盛り上がっていくのではなく、それまで無風の状態にあった大きな湖に、僅かな風が吹いて僅かな波紋が生まれるような感触です。かといって、すぐに靜寂に戻るというものでもありませんでした。音数、ダンスの動きが多くなったにも関らず、「静謐さ」が保たれていたのです。別所氏は自らの影を意識します。壁に近づいたり、CRMが作りだす影の角度に合わせて足を上げたり、DWSのライトに近づいたりして、自らのゲシュタルト=影を発生させるのではなく、「現象」=陰の一部となって壁=スクリーンに溶け込みました。カオスモスの特質である「人が関ることで生まれる現象」、つまり「人体」と「現象」が一体化する素晴らしい瞬間でした。振子の球は下の方にありますが、陰としての機能も果しました。振子はステージを立体的に駆け巡り、ステージ=画面という意識をうまく打ち消すことに成功しました。別所氏はCRMとCTMにも手を掛けるのですが、普段この2つのマシンを奏作した際に感じる時間よりも、ステージ上に特異な時間が流れているので、すぐにマシンは動きが止まってしまうように感じられました。それだけ緻密な時間が流れていたことを理解できると共に、カオスモスマシンは触れなければ止まってしまうという、当たり前のようですがそこに美しさが発生することを再確認することができました。

35分過ぎ、原田氏はDWSに直接手を掛けます。DWSにある水をパーカッションとするのです。芸術作品であるのなら、この行為は冒涜であり破壊です。しかし、DWSは非=カオスモスマシンでありながら、「奏作」が可能なのです。そして手を下すことによって美しい音と陰が生まれます。原田氏はライトにも注目していました。手で光を遮ることによって、壁=スクリーンに新たな陰影が生まれます。別所氏はそれに答えて舞います。別所氏は、実像が何処にあるのか定かではないくらいスクリーン=画面に溶け込んでいました。気が付くとステージ中央で、スクリーンに足を、観客席に頭を向けて仰向けに寝そべり、ライブは終了しました。

この度のライブが、この3度のパフォーマンスの中で、最もカオスモスマシンが主体となったものでした。会場が、「ステージ」という芸術至上主義的な権威の場にならないか心配でしたが、それを原田氏と別所氏とマシンが造りだす現象は、見事に無くしていました。始めから最後まで静謐さを失わず、マシンの陰に溶け込む原田氏と別所氏は、今までに全く見たことのないパフォーマンスだと言えます。Surfingにおける疾風怒涛のパフォーマンス、今回の静謐なパフォーマンス、どちらもカオスモスマシンの特質を充分に引き出した、素晴らしいものであったと思いました。次に原田氏と別所氏が共演する際には、どのようなパフォーマンスになるのでしょうか。静謐と怒涛という二項対立ではない、全く違う角度からの、想像もつかないパフォーマンスになるかも知れません。また、CHAOSMOS LIVEに別所氏が参加したら、どのようなライブになるのでしょうか。いろいろと夢は膨らんで行きます。

 
     
     
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